抒情絵本

絵本「ごんぎつね」と「手ぶくろを買いに」

私が長年、敬愛する黒井健先生の絵による、新美南吉氏の名作絵本をご紹介します。

黒井健先生は、私が幼い頃から読んでいた雑誌「詩とメルヘン」と「いちごえほん」でイラストを描かれていて、色鉛筆をぼかす手法で描かれる風景などが、どれもとても美しく、ずっと憧れの存在でした。

 

その後、京都で開講されていた絵本の創作を学ぶ教室で、実際に『先生』と『生徒』という関係になり、いろいろな事を教えていただきました。(私の絵を見ていただければ、技法は全然違いますが、黒井先生の影響がとても大きいことはお気づきになられると思います)

 

「ごんぎつね」と「手ぶくろを買いに」は姉妹のような絵本です。

どちらも、きつねが主人公で、絵本の体裁も同じです。

「ごんぎつね」は秋、「手ぶくろを買いに」は冬(雪)の描写がとても美しくて、眺めているだけで、うっとりとします。

 

ごんぎつね (日本の童話名作選)

子ぎつねの「ごん」は、いたずらで、兵十が漁ったうなぎを川に放してしまいます。その事をとても後悔した「ごん」は、兵十に栗やまつたけを届けたり、つぐないをしようとしますが…

国語の教科書にも掲載されている「ごんぎつね」は、とても悲しい結末なので、物語としては「手ぶくろを買いに」の方が私は好きです。

 

 

手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)

おてての冷たい子ぎつねのために、手ぶくろを買ってやりたいお母さんぎつねでしたが、人間がどうしても怖くて、足がすくんでしまい、しかたなく子ぎつねをひとりで街に行かせることにしますが…

坊やが無事戻ってきて、坊やから話をきいたお母さんぎつねの言葉。

「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら。」

というのは、作者自身の問いでしょうか。

 

 

 

「ごんぎつね」〈日本の童話名作選〉新美南吉・作 黒井健・絵 偕成社 1986年

「手ぶくろを買いに」〈日本の童話名作選〉新美南吉・作 黒井健・絵 偕成社 1988年

松永禎郎さんの絵本2(かさじぞう・しろふくろうのまんと)

雪景色の美しい絵本を2冊ご紹介します。

 

松谷みよ子さんの文、松永禎郎さんの絵による、昔話「かさじぞう」の絵本。


かさじぞう (ワンダー民話館)

もちろん、よく知られた「かさじぞう」のお話なのですが、おじいさん、おばあさんのあたたかな表情や、じんわりと心に染み込むような雪景色がすばらしくて、知っているお話のはずなのに、思わず泣けてきます。(おじぞうさんたちの顔もまた、かわいいのです)

 

 

松永禎郎さんの雪景色が見られる絵本では、ほかに「しろふくろうのまんと」があります。

しろふくろうのまんと (1980年) (日本のえほん)

友だちとけんかして、ひとりぼっちの、ちよは、はるにれの木で出会ったしろふくろうにマントをかりて姿を消し、友だちの気持ちをきいて、仲直りを決心しますが、姿を消せなくなったしろふくろうがおじさんにねらわれているのを知って、いそいでマントを返しに行きます。

 

雪景色のなかに立つはるにれの木の描写がとても美しいのです。

そして、「かさじぞう」と同じく雪があたたかく感じられます。

 

 

絵本の表紙だけでは、その絵の素晴らしさが十分伝わらないのが残念です。

ぜひ、絵本をお手に取って観ていただきたいです。

 

松永さんには、もっとたくさんの絵本を描いて欲しかったと、心から思います。

 

出来れば、雑誌「詩とメルヘン」に毎号掲載されていた、美しい作品の数々を画集にしていただけたらどんなに嬉しいだろうと思います。

本当に、忘れられて欲しくない画家のおひとりです。

 

「かさじぞう」(ワンダー民話館)松谷みよ子・文 松永禎郎・絵 世界文化社 2005年

「しろふくろうのまんと」高橋健・文 松永禎郎・絵 小峰書店 1980年

 

松永禎郎さんの絵本1(すみれ島・むらさき花だいこん)

 

 

 

 

よるのおと(たむらしげる)

虫の鳴く音

カエルの鳴き声

水の音

フクロウの声

汽車の音

 

「よるのおと」を感じて、

よるの気配や、世界を体感する絵本です。

 

よるのおと

 

夜、ひとり、おじいちゃんの家に向かう少年が

体験する、ほんのひとときの「夜」のなかに、

全てがあるような、

満ち足りた何かがあるような。

 

この絵本の元になったのは、松尾芭蕉の有名な句、

 

「古池や 蛙飛び込む 水の音」

 

 

この絵本は、美しい青を表現するために、通常の印刷で用いられるCMYK

(シアン、マゼンダ、イエロー、ブラック)ではなく、パープル、サファイヤ

ブルー、イエロー、ブラックの特色印刷だそうです。

また、版の作成も、たむらしげるさんが自ら行われていて、

水彩のようなニュアンスは、墨で水彩紙に描いた絵をパソコンに取り込んで組

み合わせているのだそう。

(雑誌「Illustration」 2018年12月号参照)

 

 

特色印刷の手法は、ユリー・シュルヴィッツの絵本「よあけ」やディック・ブ

ルーナの「ミッフィー」(うさこちゃん)にも用いられています。

 

特に、「よあけ」は絵本としても、とてもこの「よるのおと」と

感覚的に近い感じがします。

 

「読み聞かせ」る絵本ではなく、自分でしみじみと感じる絵本。

私は、そんな絵本の楽しみ方、向き合い方が好きです。

 

 

「よるのおと」たむらしげる 偕成社 2017年

 

こちらの絵本もおすすめ

「よあけ」ユリー・シュルヴィッツ 偕成社

 

 

 

絵本「よあけ」

「よあけ」ユリー・シュルヴィッツ作・画 瀬田貞二 訳

は、とても静かで美しい絵本です。

よあけ (世界傑作絵本シリーズ)

おともなく、

しずまりかえって、

さむく しめっている。

みずうみの きのしたに

おじいさんとまごが もうふでねている。

 

そして、しずかにしずかに、よがあけていくのを、

読者は絵本で体感するのです。

 

キャンプが苦手な私でも、ちょっと

この、みずうみで、

よがあけるのを体験したいと思わせてくれます。

 

かえるのとびこむおと。 ひとつ、またひとつ。

とりがなく。どこかでなきかわす。

おじいさんが まごをおこす。

みずをくんで

すこし ひをたく。

もうふをまいて

ボートを おしだす。

みずうみに こぎだす。

 

この絵本は「よあけ」が主役で、

「よあけ」を体感する読者が主役で、

一般的な絵本のプロセスとは違っている気がするけれど、

多くの絵本作家が、好きな絵本、理想の絵本として挙げています。

 

作者のユリー・シュルヴィッツは1935年ポーランド生まれ。

「よあけ」のモチーフは、唐の詩人柳宗元の詩『漁翁』によるそうです。

 

「漁翁」柳宗元

漁翁 夜 西巖に傍いて宿し

暁に淸湘に汲みて 楚竹を然く

煙銷え日出でて 人を見ず

欸乃一聲 山水綠なり

天際を迴看して 中流を下れば

巖上無心に 雲相逐う

 

〈意解〉

年老いた漁師が、夜になると、西岸の大きな岩に舟を寄せて停泊した。

明け方に彼は清らかな湘江に水をくみ、楚の竹を燃やして朝食を作る。

やがてもやが晴れ太陽が昇ると、もはや漁翁の姿は見あたらない。

舟をこぐかけ声がひと声高くひびいて、山も水もあたりはすべて

緑一色に染まっている。

空の果てを遠くふり返りつつ、川の中ほどを下って行くと、

雲が大岩の上空に、無心に追いかけあっているように流れていた。

(公益社団法人 関西吟詩文化協会HP より引用)

 

絵本は、この詩のとおりに展開していきます。

詩とちがっているのは、「まご」が一緒にいるというところですが、

これは、絵本を読む子供たちに親しみを感じさせる工夫かと思います。

 

ちなみに、この絵本は、通常の印刷で使用される4色(シアン・マゼンダ・イエロー・ブラック)ではなく、この絵本のためのインクを使用した、『特色刷り』だそうです。

最後ページの夜明けの瞬間の絵は、本当に色が美しいです。

 

絵本をつくる人は、

「こんな絵本をつくりたい」

と、夢見るような絵本です。

 

 

「よあけ」ユリー・シュルヴィッツ作・画 瀬田貞二 訳 福音館書店  1977年